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 20周年記念誌
タイトル 院名 氏名
Amateur Groupings かわな病院 柿内 実 14

                      Amateur Groupings

                                         かわな病院    柿内 実

ある世界の実体を知らない人々がその世界の人間の行動を分析することは、どうみてもかなり
無謀なことなのだが最近では臨床の場においてもしばしば見受けられるようになった。

考古学分野における基本的な研究方法の一つに"型式学"というものがある。
まず同一形式(flrm:機能、用途により分類されたもの)の資料群を相違or類似による
共通要素をもつ幾つかの型式(Type)に分類する。それらの各型式の径時的前後関係や
分布差異などをとらえることにより、その意味やそれに携わった人間集団の行動を
理解しようとするものである。

ここでは例として銅鐸の型式について触れてみる。
1960年、佐原真氏の鈕分類が世に出てからは、文様を加味して判断すべきという一部見解を
無視するが如くの勢で主流の座を占めていった。
これは主として鈕の断面により分類するもので、もともと吊り下げて鳴らしていた鐸は及等に
視覚的に放える植威の象徴となっていったと考える。(聞く銅鐸から見る銅鐸へ)それに件い
菱環鈕式、外縁付鈕式、偏平鈕式、突線鈕式と装飾的要素を増しつつ経式変化を遂げたという
機能進化論的な整合性をもつ理論に裏打ちされている。この頃では四つの型式を細分類してII-1、
III-2などと表現するようになってきている。

島根県には大量の武器型青銅器(銅剣、銅矛)と6コの同サイズの銅鐸を共伴した荒神谷遺跡が
ある。武器型青銅器に関しては岩永省三氏というこれまた卓越した方がおられ、サイズアップによる
型式変化が(階段的かつ整然としている)この分野では定説化している。 
つまり時期的に併行し、かつ共伴までしている青銅祭器が一方は機能により他方は階段的
丈型化により型式変化を行ったという見解が定着しているのである。
私自身は銅鐸においてもサイズアップを重視した型式分類が必要と考えている。

荒神谷から53.5kmの加茂岩倉遺跡で39コもの銅鐸が出土したのは記憶に新しいが、明らかに
二群と認識されるこれらの銅鐸群は熟練の研究者による細密な分析の結果、型式変化上
Defectが指摘され大きな「謎」ということになってしまった。
バブル期の膨大な行政発掘の嵐の中で声商に叫ばれた学説は、踊ってしまった研究者達や元来
封建的な学界体質にも支えられてしばらくは埋もれていくこともあるまい。同一のlmageを人から
人へ伝達することは無理と考え、しかも苦手にしている私などには伝達内容が反映される範囲内に
読み手が共振し投影できる部分が存在すればそれで良しと考えてしまう。
そこで今人に伝えたいものを限られた字数で書くと以上のようなものになってしまった。
違和感をもたれたであろう多くの方々に平に御容赦を願う次第である。

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