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20周年記念誌 |
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院名 |
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ランニング病 |
名古屋第二赤十字病院 |
冨永 芳博 |
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ランニング病
名古屋第二赤十字病院 冨永 芳博
ランニング病には以下に述べる様な症状があります。 1)、毎日走らないと気がすまない。そこで、どこへでもランニングシューズとウェアーを持って行く。 2)、走らないと今までの努力(体重管理、記録が悪くなることなど)、が無になってしまうのではないかと不安になる。 3)、走らないことに罪悪感を感じるので、走らないでも良い理由(雨が強く降っている、偉い先生に夕食に誘われたから今日は走らなくても仕方がないかなど)を捜して自分を安心させようとする。症状が悪化すると、雨の中でも走るし、夕方飲む約束があるときは朝走る、またはその手の誘いは全て断る。 4)、自分が走っていないのに人が走っているのを見ると、とても焦る。 5)、故障で走れなくなることを考えただけでも生きる意欲がなくなる。走ることをとってしまった自分を想像できないし、気が狂ってしまうのではないかと心配になる。 6)、City runner,Runnersなどのランナー向けの雑誌が愛読書で、それを読んで元気がでる。 7)、なによりもレースのスタート前が緊張する。(国際学会で英語で発表するときより緊張する。)前日の夜は目が冴えて眠れない。 8)、前を走っている人がいるとつい抜きたくなる。9)、自分がこんなに走っている、レースでこんな良い成績をおさめたと自慢したがる。しかし、家族を含めて周りの人が話に乗ってくれなくてがっかりする。 10)、走っていて、時にエクスタシーを感じ依存性がある。 11)、走っている時に良い考えが浮かんだなどと周囲には吹聴しているが、実は苦しいだけである。 12)、走った後には言いようのない充実感を感じる。 13)、引き締まった自分の全身大の姿を鏡に写してにやにやする。14)、ランニングは金がかからないとは言ってはいるがランニングシューズとウェアーにうるさい。 15)、この病気に罹っていない人にはとうていこの症状が理解できない。など小生がこの病気にかかって約4年経過します。症状は年毎に悪化していますが病識はまだあるようです。なぜ、この病気が発病したか原因はよく判りません。原発性の様ですが、学生時代陸上部でしたので、(西医体の5000mで銀メダルを取った事がある。この様にすぐ自慢したがるのも症状のひとつです。)発病の誘因は充分ありますが、なぜこの時期に発症したのかは本人でさえわかりません。強いて言えば年齢的要因が大きいと思います。下手をすると多くの先生方が罹患している環境を破壊する他の病気に罹ったのかもしれません。 ここからは症状9について述べる事になります。家族が最も被害を受けているのですが、多くの方々も全然おもしろくないかもしれません。でも、自慢したいのがこの病気の特徴です。(他の病気にも同じ様な症状が存在することは良くおわかりの事と思います。)weekdayは仕事が終わった夜に走ります。約10〜15km走ります。時間がないので、病院から家まで走ります。いつも女房には感謝しておりますが、ランニングシューズとウェアーを持ってきてくれますので、車の中で着替えて走ります。病院から瑞穂グランドの近くにある家までは約4kmしかありませんので幾つかのコースを決めて大回りをして走って帰ります。たとえば八事〜杁中〜川名〜吹上〜御器所〜桜山〜新瑞穂〜弥富通〜家、これで約13kmです。休みの日はもっと長い距離を走りますが、ご存知のようにこの業界は土日にeventが多く参加しなければならない事が多いので、また、病院のdutyもありますので毎週とはいきません。天白川のサイクリングコースを走る事が多いのですが、時には実家の半田までの30数キロとか153号線バイパスを豊田往復40キロなどもします。東京へ泊まりで出張の際は皇居周辺に宿をとって皇居周囲を走りますし、海外、地方の学会参加の時も時間があればその地方で走ります。充分な時間がとれないので(言い訳です。これもこの病気の症状の一つです。)、月間の走行距離は200〜300kmです。今年は9月末で年間走行距離2000kmを超えました。 本屋さんでCity runner,Runnwrsなどのランナー向けの月刊誌を立ち読みしていただければおわかりになると思いますが、海外を含め、全国で数を数え切れないランニングのレースががあります。5kmから、フルマラソン、100kmを越すウルトラマラソンまであります。雑誌を見ながら参加するレースを選び、月1回程度、名古屋の近くで開催されるレースに参加しております。今までにフルマラソンも8回出場し、完走しました。海外の大会も2回出場しております。家族はどう思っているのか知りませんが、遠方での参加を餌に応援に付いてきてもらっています。 市民ランナーにとってフルマラソンを3時間以内で走ること(サブスリーと言います。)は夢です。初マラソンはホノルルマラソンで3時間31分かかりました。その時は走り終えた後に両膝が痛くて歩けませんでした。サブスリーはまさに夢でした。その後少しずつタイムをのばし96年の12月宮崎の青島太平洋マラソンで2時間56分01秒で走り、思いがけなくスーと3時間の壁を破ってしまいました。その後3時間が切れませんでしたが、今年7月の北海道オホーツクマラソンで3時間1分14秒で走りましたので、今年中にもう一度3時間を切りたいと思っております。次の夢は2時間40分以内で走って別大マラソンの参加資格を得て(大きな大会は厳しい出場資格がありますし、市民ランナーを対象とした大低のレースでも制限時間があります。ホノルルマラソンは時間制限がないので有名です。)、トップランナーと一緒に走ってみたいことですがこれはちょっと無理でしょう。もし、叶ったら大Partyを聞きたいと思いますので期待して待っていて下さい。 さて、ランニングは趣味ですから仕事にfeedbackさせる必要はないのですが、一日の仕事を終えて走りながら、これからの研究の方向、次の学会には何を出そう、論文の構想、(実はこの文章も走りながら考えたことです。)、今日の手術の反省、あの患者さんにはこうしたらいいかなー、スタッフになぜあんな事を言ってしまったんだろう、など色々なことが頭の中をめぐり、私にとっては考えをまとめたり、ストレスを発散するにはとても良い時間となっています。最近、腎不全患者さんでの筋力低下、カルニチンの欠乏などが注目されておりますが、スポーツ医学、長距離ランナーでのエネルギーの有効利用などを雑誌で読むにつけ、自分に試しながら興味をおぼえております。長期的に良いQOLを維持する為にはもっと透析患者さんでの運動療法に真剣に取り組む必要があり、運動生理学に携わる方々をわれわれの分野にも参加してもらうことが必要ではないのかと感じています。 上皮小体のことを書こうかと迷いましたが、このような文章をのせてもらう機会がないので、プライベートな事に始終しました。これからまた走って家に帰ります。街で走っているところを見かけましたら声をかけて下さい。ファイトができます。また、この病気にすでに罹っていらっしゃる方、また罹りたい方がいらっしゃいましたら声をかけてください。一緒に走りましょう。 |
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